さて、考えてみると魚の名前をハングル語で注文することはわたしには不可能だ。野となれ山となれで当るしかない。清潔そうな店を選んで
飛び込んだ。「チャンヤンカンヤンチャンヤンカンヤン・・・NO!」 またや。言葉ができないからといっても、もう少し親切に応対してもらえないだろうか。わたしは挫けんゾー。刺し身をいただくまでは、よーし、こうなったら一軒づつしらみ潰しだ。次に「珊瑚屋」と書かれた看板の店に
はいった。おっ、正面に「鯛」 「イカ」 「アワビ」・・・と短冊が懸かっている。「ごめんくださーい。」というと、奥の方から髪をオールバックにした
主人が現れた。女子バレーボールの山田元監督に似たちょっとハイカラな人だ。
「ワタシ、ニホンゴ、スコシネ。アンタ、ヒトリカ?ヒトリハ、ムツカシイネ、サカナ、マルゴト料理ナルネ。」なるほど、それで断られたのか。
「アンタ、魚ノサシミ、タベタイカ?」 「食べたい、食べたい。」
「ソレトモ、スシガイイカ?」 「おお、寿司もいいねえ。何がありますか?」
「ソウネ、ヒラメ・・・タイ・・・タコ・・・アンタ、サシミガイイカ?」 「刺し身もいいねぇ」
「ソレトモ、スシニシマスカ?」 「寿司にしましょう。」
「サシミニシマスカ?」 「そうしましょう。」
「スシカ、サシミカ、ソレトモ焼きマスカ?」 「・・・あのねぇ、・・・焼かないのー、寿司と刺し身・・・」
「リョウホウ、セットニスルネ。」 「イエース、イエース。」
「チョット、イキマショウ。」
主人は決まったとばかり、わたしをピカピカのランドクルーザーに乗せると、一目散に飛ばした。いったいどこへ連れて行こうとするのだろうか。
わたしは少々不安であったが、この車、この主人の身なりから多分期待を裏切られるようなことはないだろうと感じた。
そこは共同市場に近い忠武路を西に入ったすぐの所で、日本式料理専門店の看板がかかる格子戸の真新しい店だった。店内も日本の
割烹屋のように清潔で、知る人ぞ知るといった赴きだ。珊瑚屋の主人は店の人達と大きな声で時折、苦笑いをしながら打ち合わせを始めた。
そして、わたしに、「ゼンブデ、41000ウォン(約4500円)、ニナリマス。」といい残して、あっという間に立ち去ったのである。
なかなか粋な商売人だとわたしは勉強になった。
いよいよその料理だが、大きな青磁の皿に体裁よく、平目、アワビ、鯛、マグロなどが盛られ、色添えにちょっと大きめのパセリと
桜の花びらに見立てた人参の薄切りが意匠をちらつかせる。小鉢ものに河豚の皮のような細切りの刺し身をポンズ醤油に浸したもの、
赤貝の酢の物、とろろ汁、ナマコとウニを塩辛く和えた物、諸味で食べる生の胡瓜、人参、唐辛子(これだけは残した)、白味噌の御汁、それに
メインの豪華寿司盛り合わせ、それらを200mlボトルのマッコリでぐびぐび流しながら、わたしの腹は今にもはちきれんばかりとなった。
さすがプロお薦めの店だ。味噌醤油やゴマだれの風味は気品と風格を備え、庶民の味を熟成、進化させた理知性が伺える。
プサン旅行をお考えの方には是非とも訪れてもらいたい。
242-6721、245-2194 日本式料理専門 ただし、日本語は通じないのであしからず。
すっかり酔いがまわったわたしは気分が大きくなって声を張り上げた。「ヨボセヨー!(お願いしまーす)」給仕のお姉さんが飛んで来た。
「ケーサヌル プッタケヨ。(お勘定をお願いします)」お姉さんはニッコリ笑ってレジを打った。通じとる、通じとる。
支払いを済ませると、お姉さんはタクシーを呼んであげようとわたしにおいでおいでをした。「メウマシ イッソソヨ。(とてもおいしかったです)」
と言うと、ちょっと照れ笑いをして、「カムサムニダー。(ありがとう)」と答えた。タクシーに乗り込んでからわたしは、「ト、マンナヨ。(またお会い
しましょう)」といって、虎の巻をポケットにしまい込んだ。本当にうまかった。冷凍のマグロ以外は・・・。
港に着くと、予測通り海岸の周囲は色様々なイルミネーションで輝いていた。砂浜の丁度いい所に椅子があったので腰を下ろし、静まり
返った海面の光の屈折と戯れることにした。
「人生とはまさにはかない光の屈折であーる、ウィッ、(しゃっくり)色、即、是、空。空、即、是、色。受、相、・・ジュウ、ソウ・・・ジュウソウ、・・
そうや、明日帰りに十三へ寄ってみたろ。」
なんだかここと、大阪の十三が姉妹都市のように思えてきた。と、突然、色白のショートカットの乙女がわたしの目の前に現れた。
十三の姉ちゃんか!
「チャンヤンカンヤンチャンヤンカンヤン・・・NO!」
またかいな。わたしはやっとこせ椅子から立ち上がり、彼女の指し示す方向へよたよたと歩き始めた。多分、何か飲食物を注文しろと言って
いるのだろう。それは若い男の子たちが出している簡単な屋台であった。冷やかしに覗いて見ると、なんとそこには鯛や平目が
寝そべっていた。わたしは一瞬、もどしそうになり、慌てて宿に戻ることにした。
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