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きねやはんのまるごとアート vol.3より
 
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 95年9月12日 午後0時30分、特急ラピートの中で、わたしはさっき買ったばかりの「ひとり歩きの韓国自遊自在」というハングル語講座の

本を睨みつけていた。それは実際、睨みつけていただけで、皆目頭に入らないで苦戦しているのだ。

せめて「こんにちは」と「ありがとう」ぐらいは知っておいた方がいいだろうと思うが、しばらくすると忘れてしまう。それに韓国は看板や標識が

ほとんどハングル文字らしい。発音表と取っ組むが、これも入らない。英語圏でないので「ワン、ツー、スリー、」も通じないだろう。

さすればお金を支払う時は札を広げてトランプのババ抜きみたいに相手に引いてもらわなければならない。これではまるで犬の使いだ。

なんだか不安になってきた。



 そうこうしているうちにラピートは関空のホームに到着、早速トイレでひときばりして気合を入れた。韓国も初めてなら関空も初めての

わたしは思わず大きな口を開けて天井を見上げた。確かに広い、分かりやすい、使いやすい、と思いつつ何かもの足らないものを感じる。

レンゾ・ピアノとかいうフランス人が設計したらしいが、やはり合理主義精神の発想がプンプンしており日本、関西のそれではない。

万博に国立国際美術館があるが、あれを大きくしたような感じだ。そういえばあそこも天井からモビール(アレキサンダー・カルダー作)が

ぶら下がっている。だいたいモビールなんていうのは20世紀初頭の抽象芸術で、今では幼稚園の年長組の子供の教材でしかない。

そんな古臭いものをよくもまあぎょうさんぶら下げたもんだ。掃除の兄ちゃんの身にもなってやれよ、と言いたい。そんなことを考えていると、

あれ、もう30分前だ。急がねば。



 わたしは2600円もした空港使用料とかいうカードを買って手荷物検査を抜け、出国審査のところへ走った。

  「プサン行531便の方、おられますか。」 トランシーバーを持った係員が叫んでいる。

  「あ、はい」 と思わず手を上げた。 

  「急いでください。ここにKE531と書いて、ここにサインして・・・あとは機内で結構です。」

 2時間の余裕があったのに、なんでこうなるの!あのモビールのせいや。

  「ここでええんじゃろーがー!!」 わたしの隣の体格のいい兄ちゃんが大声を上げた。見ると浦島太郎ヘアーをまっ茶に染め、オレンジ色

の上下スーツ(薄くて背中にTシャツの文字が浮き出ている。)それなのに顔はジョニー大倉そっくりで、わたしは腹を抱えて笑いをこらえた。

  「プサン、急いでくださーい!」 出国手続きを終えると、わたしとジョニー大倉はモノレールのゲートへ必死のパッチで走った。

関空は広すぎる。

  「プサン行最終でーす。」 ゲートをくぐりモノレールに飛び込んだ。なんとか間に合った。ジョニー大倉が息を切らしながらつぶやいた。

  「プサンプサンいいやがって、わしら熊のプーサンちゃうどー。」



 KE531便の機内はすっかり満杯の乗客で、なんとなくその表情からもうここは日本ではなかった。スチュワーデスが入国カードを配ると

同じ列にいたかっぷくのいいおばさんが声を上げた。

  「アガシー」 これはわかった。娘さん、という意味だ。この一言はわたしの心をとらえた。普通、日本人だったら「すいません」とか「ちょっと

ちょっと」とか遠回しにいうのだが、この韓国人は「娘さーん」と呼びかけたのだ。わたしは思わずダーク・ダックスの歌を口ずさんだ。

  「娘さん、よく聞ーけよ、山男にゃほぉれぇるなよー」

 娘さん、・・・なんとゆたかな呼びかけ方だろう。漢字をばらせば、まさに良い女となる。さて、その娘さんだが、おばさんの横に膝をついて

入国カードの代筆を始めた。儒教教育の浸透している韓国は年上の人をとてもいたわる。言葉はわからなくてもそのリズムとアクセントから、

わたしの心はポカポカした。通路を隔てて左側の席にはジョニー大倉が肩肘を怒らせて英字新聞を睨んでいた。

 さあ、一路プサンだ。


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