大阪府豊中市
南桜塚1-4-2
06-6852-4041

 
きねやはんのまるごとアート vol.3より
 
 その@   そのA   そのB   そのC   そのD   そのE   そのF   そのG 
 
 日本海を越え、一時間余りでプサンの金海国際空港に到着した。成田へ行く感覚だ。荷物検査を通り、いよいよ円をウォンに替えた。10万円

が76万ウォンになった。財布がパンパンだ。午後4時、さあどうする。

 真正面に看板が掛かっている。「観光案内」なんや日本語か。わたしは躊躇なく尋ねた。「すいませーん、チュンガンドン(中央洞)に行きたい

のですが、どう行ったらいいんですか。」目のくりっとした優しそうなアガシだった。「KALのリムジンバスで行きますか、それとも市バスで行きま

すか。市バスは停車するところが多いので、わたしはリムジンをお勧めします。」丁寧な日本語が返ってきた。わたしはしっかりと降りる場所を

聞き、バスの運転手のすぐ後ろに座り、行き過ぎませんように、と祈った。ところが、発車して間もなく流れてきた車掌案内はこれまた日本語

だったのだ。やや拍子抜けしながらも、降りたときはやはり異国の地だった。まず匂い。繁華街は焼き肉とニンニクの匂いでプンプンしている。

ニンニクのだめな人はこの国では生きて行けないだろう。そして、更に驚いたのは車両の交通マナーのハチャメチャなことだ。信号の停止線は

あってないようなもの、赤になる前に発進する。公共バスでも死ぬかと思うほどスピードをだす人がいる。なかでもこれはチャンピオンだと思った

のは、ビルの地下へ続く階段の上に乗用車が堂々と駐車してあるのだ。韓国の交通事故は日本の二倍だと、どこかで聞いたことがある。国の

政策にニンニクと唐辛子を50%控えるよう警察は陳情すればいいのだ。

※(注 ・この旅行は1995年に見た時の情勢なので現在とは異なるかもしれません。)。 

 そんな事を考えているうちに、わたしはすっかり目的地の「ソウル荘旅館」への道程を見失ってしまった。別にガイドブックのおすすめ宿の欄で

マークしていただけで、予約はしていないので、慌てることはない。しかし、もう六時前だ。困ったことにやはり看板という看板はすべて

ハングル、なんの店やらさっぱりわからない。それにどうもこの地図自体怪しい。そこで思い切って、店屋の前で椅子にかけている中年のおば

ちゃんにいきなり日本語で問いかけた。 「スイマセン、ソウル荘旅館知りませんかね。」 

するとおばちゃんは機嫌悪そうに自動販売機にジュースを足してたご主人らしきおっちゃんに、「チャンヤンカンヤン・・・」いいだした。

おっちゃんも同じく「チャンヤンカンヤンチャンヤンカンヤン・・・」だめだ、こりゃ、と思っているところへ、二十七、八歳位のアガシが二人よって来

て、またチャンヤンカンヤンやり始めた。するとそのうちのソバージュ髪の事務服を着たアガシがわたしのガイドブックをさっと手に取り、すぐそば

の公衆電話に自分のコインを入れ、旅館に電話してくれたのだった。わたしは口を完全に括られたようにただ黙って迷子の子供のように人差し

指をくわえた。電話を切ると彼女はわたしにおいでおいでをし、歩き始めた。ええと、「ありがとう」はなんやったっけな。わたしは彼女の後ろを

ひょこひょこついて行きながら、翻訳本のページをめくろうとしたが、車は来るし、道は悪いしでなんかあほらしく思え、やめることにした。

 5分も歩いただろうか。ソウル荘旅館に着くまで彼女は何度も何度も振り返り、おいでおいでをした。

優しい子やなあ。わたしはこの時ほど言葉の壁を悔やんだことはなかった。ありがとう、も言えなければ、デートを申し込むこともできない。

にっこり笑ってはいさよならとなった。「トレンディドラマやったらこのあと偶然バッタリ、てなことになんねんけどなあ。」わたしはぶつぶついいなが

ら旅館の扉を押した。旅館といってもいわゆる安ホテルのことで、バス、トイレ、テレビ、扇風機が付いて2400円なのだ。

 宿のおばさんはガイドブックに載っていた通り日本語が上手で、扇風機のスイッチを押すと、よっこらしょとベッドに腰を降ろした。エレベーター

のない5階の階段は年寄りにはこたえて当然である。

  「明日、キョンジュ(慶州)へ行こうと思うんやけどプサン駅から列車に乗ったらええのかな。」

日本語ができることをいいことに、わたしは質問を浴びせた。

  「何を言うとんの、キョンジュン行くのやったら、地下鉄乗ってや、ミョンニュンドンからバスや。」

  「えっえっえっ、メンニャンドン?」 「ミョンニュンドン(明倫洞)」

  「ミョンニョンドン」 「違う、ミョンニュンドン」 これはやっぱり、先行きが思いやられる。


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